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誰もがすでに小説家

小説より奇なり、とか

思い出の一ページ、とか

 

人間は、やたらと自分の人生を物語化するのが好きな生き物だとつくづく感じる。

おそらく人間が他の生き物より長けている能力は、この物語化にあると思う。

つまり、抽象を構造化し、具体化し、表現する能力。

文字や歴史、記憶、進化を生み出してきたのではないかとさえ思う。

 

しかし一方でその方法をうまく使えない、

もしくは使い方がネガティブだと

障害や摩擦も生じる。

 

ありのままを映し出す道具など

やはり存在しないと思うわけで。

写真だって絵画だって言葉だって

全部がホンモノの偽造品で、

全部がホンモノのモノマネだ。

 

漠然と感じるものや

確かにあるのに確かめられないものには

恐怖や無視、抹殺が行われる。

そうするとそれはますます恐ろしいものになっていく。

だから、時に怖くないように研究して

自分たちのゲンゴを用いて表現しようとする。

 

さて、

じゃぁ、私は誰で、一体なんのために産まれ

なんのために生きなければならないのか

どのように生きるべきなのか

どうしてこんなことをしてるのか

そしてどこにいくのか…

 

ふわふわと漂うモクテキのようなものは

まだなにもつかめないし

もしかしたら一生つかめない。

 

まぁそんなもんなわけで。

就活とか進学とかそんなときに自己分析したり

なにをしたいとかどんな人なのかとか…

結局描き方次第なわけで。

要はどんな人生を演じたいかってわけだ。

 

主演、私。

 

産まれが貧乏で…

なんて始まりの悲劇小説にも、または逆転巻き返しの喜劇小説にもなる。

 

ドラマとかみて、

そんなうまい話あるかよ

と思うことがあるけれど、

それはそんなうまい話を描いてるだけ。

結婚のような出会いも、大袈裟じゃなくて本当に運命というかすごい確率なわけだし

この星のその時代のこの生命の中の、人間という種族の中で男女の性を分かち、その時間のその場所で会ったって

それの確率ってどんなもんなんだろ。。。。

 

つまりあんたってすごいんだよ

とか言いたいわけでもなくて

 

私は、どうしようもなく私なわけで

苦しいこととか悲しいこととか山ほどあって

小銭拾うくらいの喜びしかない人生だったとしても、どこを切り抜いて生きていきたいかって話をしたいのです。

 

みんな辛いわけじゃん、たぶんなにかしら。

とりあえず生きてみてるわけじゃん。

だから、お願いだから好きなように描いてよ。

そしてその世界が納得いってないなら

世界から描きなおせばいい。

綺麗なとこだけ見てればいい。

自分の見えてる世界はきっと正しい。

けど全てではない。

描きなおそうともしないのなら、それはきっと悲劇小説の中の主人公に満足してるのよ。

それを認めなさい。

そしたらきっとまた違った話が見えてくる。

 

そうやって叱咤激励しながら今日も私は生きてみる。